好きなことって何だろう。
最近大「自分が好きなことをしよう」と促すような本が多いけど、
「好きなこと」って何だろうと考える。
みんな「好きなこと」があるんだろうか。
これ一つあれば生きていけます!と何かに熱中して謳歌している人もいれば、
イマイチ好きな物が分からないまま、色んなことをに手を出している人もいる。
あなたの好きなことはこれだと定義するつもりはないが、
この話になると必ず思い出す人がいる。
私の祖父だ。
好きなことは最期までそばにあるもの
じいちゃんはカメラが大好きな人だった。
正確にいうと写真を撮ること。
とにかく休みの日となるとどこかの撮影会へいそいそと出かけ、
野山を駆け巡ってはファインダーをのぞいていた。
夜中に「星を撮りにいこう」と叩き起こされ、母に止められてもお構いなしに、
私と弟を連れて夜間立ち入りが禁止されている(!)山道に入って星の撮影をしたり、
ほぼ毎日、撮った写真を上映会(プロジェクターで壁に映すだけ)をしてご満悦してたり、
美人モデル撮影会だけは欠かさず参加したりと
まるで子どもみたいなじいちゃんだった。
高齢になり体が弱くなってからもカメラ愛は衰えることなく、
酸素吸入器が取れていつかまた出かけるときのためにと
愛用の銀塩カメラはいつも手入れされてピカピカだった。
2歳になる娘を連れて行ったときのこと。
立つことさえもままならないじいちゃん。
そのとき齢86歳にもなるのにひ孫であるうちの娘を見た途端、
ベッドから這い上がるようにして起き上がるとカメラを取り出し
手慣れた手つきでカメラを用意しお気に入りのレンズを装着すると
震える手でカメラを持ち、様々なアングルで娘を撮ってくれた。
祖父にとってそれは不可能なことだった。
なぜなら、重いカメラを首から下げて出かけることはおろかファインダーをのぞく体力すらなく、
しばらくカメラから遠ざかっていたし、
トイレや食事で起きる以外はベッドに横たわったままの生活だったぐらいだ。
そのじいちゃんが重いカメラを持ち、中腰でアングルを変えてあちこち動くのだが
しゃんとした背筋はとても寝たきりの今の姿ではなく、
子どもの頃見た、あの写真家のじいちゃんそのものだった。
「ひ孫可愛さ」がじいちゃんをつき動かしたともいえるけど、
三度のメシより好きだったカメラがじいちゃんをつき動かしたからだと
私は信じている。
人は例え病床にあっても好きなことなら起き上がることができるはずだ。
───
じいちゃんがこの世を去ってちょうど10年経つが、
最後に撮った娘の写真は今でも色あせない。
大好きで才能があるからこそのダイナミックな構図と美しさ。
私はとうてい真似できないだろう。
好きなことは死ぬまでやりたいことかもしれない
好きなこと。それこそが原動力であり、
老体を動かすほどの力を発生させるんだろう。
そこまで好きになれることなんてないや。とがっかりするのはまだ早い。
誰でも好きなことは持っていて、
それがあまりにも当たり前だから見えなかったり、
または「この好きなことをやってしまったらもう止まらない!」と信じているから、
怖くて分かっていてもあえて見て見ぬ振りをしていたりする。
特に後者。
私たちは大人になるにつれて変に丸くなって諦めて、
家庭なんて持っちゃったりすると余計に「自分の好きなこと」なんて二の次で、
好きでもないことを無理やり被っちゃったりして
「打ち込めることがあるなんて若いな〜」なんて斜に構えちゃったりする。
感じないフリをしているうちにすっかり感度は麻痺してしまい、
「満たされているはずなのになぜか虚しい」なんてヘンな感じを覚えるようになる。
大人になるって悲しいな。
もういい加減、好きなことに気づいても良い頃だ。
絶対絶対、もう私たちは自分のやりたいこと、好きなことに出会っているし、
自分が一番よく知っている。
そんな確信を持った金曜日。