花見の頃とは名ばかりで朝晩冷え込む日が続いています。
この時期の何が嫌ってあの北風。
こんにちは。Bliss(@Bliss_Blink)です。
いきなり物騒なタイトルですが、
相手の身になって考えるのを止めていきたいと思います。
いや、本気です。
もう人に振り回されない
小心者Blissはね、人一倍相手の機微を感じ取ってしまうタイプのようで、
感じ取ってしまうという受動的な感覚よりは、
「こんなことを考えているんだろう」「今嫌だなと思ったに違いない」と
勝手に予測してしまうクセがあります。
これ、損です。
相手のことを考えてかえって気をつかいすぎてしまい、
あの時何であんなことを言ったのか、はたまた言わなかったのか、
小っさいことを後になってウジウジ考え出す。
あれこれ反芻してしまうのは時間の無駄です。
相手に嫌われるかもしれない・・というムダな考え
先日、子どもの通う学校である役員を引き受けていたのですが、
別の役員の方からいつもとは違う仕事をお願いされました。
正直、やりたくなかった(笑)のでアレコレ考えた末、丁寧にお断りすることにしました。
流れでは「イエス」を言うべきところだったのですが、
あえて「ノー」を突きつけました。
嫌われても良いとさえ思ったんですね。
ビビリのBlissはノーと言った後、当然のように後悔しまくりんぐだったのですが、
結果はなんと、相手があっさり折れてくれて肩すかしをくらったわけです。
相手がどう思っているのか気にしてしまう人はおそらく「相手に嫌われたくない」という意志が強い。
これは言い切れます。現に私がそうだから。(笑)
八方美人なところがあるのではないでしょうか。
どうせ相手の考えていることなんて分かりっこないんです。
私たちは私たちの経験から脳みそが「相手はこう思ったハズだ!」と予測しているだけで、
例え相手が不快感を露にして口調が変わったとしても
100%「相手が不愉快に感じている」とは言えません。
テレパシーが使えて相手の思考が読めたら話は別ですが。
相手の機嫌の善し悪しに左右されたり機微を読んだところで
相手はあなたの予測した通りのことは考えていません。
これはもちろん、傍若無人になってやりたい放題相手しろと言っているわけではなく
相手の気持ちをとやかく考えるよりは自分に主体を置いて
自分のことを考えた方が良いと気づいたからなんです。
それは時には、相手にどう思われようが、頑として自分の意見を主張する。
間違っている時は間違っていると言う。
頼まれて嫌なことをはノーと言う。
媚を売って愛想を振りましたりしない。
あくまでも主体は自分。ここにいる私。
自分軸に戻してある程度「自己中」に動いたところでみんなそれほど
気にしていません。
大丈夫です。嫌われたりしません。
もっともっとジコチューにテキトーに生きていくことにしました。
もっと言っちゃえ!
ではでは。