最近人前で字を書く機会があったのですが、そこに書かれたのはどう見ても象形文字でした。
字を書く機能も使わないと退化するんだと絶句しました。
しばらくブログを更新しなかったのですが、キーボードを打つ機能も退化するようで、なんかさっきから手が震えています。
しっかりしろ私。
こんにちは。Bliss(@Bliss_Blink)です。
この間にいろいろ本を読んでいまして(決してサボっていたわけではありません)、ちょこっと感想など書いていきたいと思います!
まず一冊目。
今まで何冊か読んでいて、すでに過去記事にもオススメ!と書いている大嶋信頼氏のシリーズの新刊。
↓これです。
「無意識さんに任せればうまくいく」
大嶋氏は怒濤の勢いで新刊を次々と出していらっしゃって、買う側も追いつかない状態(笑)なのですが、
「無意識さんの力で無敵に生きる」の加筆・修正版として手のひらサイズの文庫版で出版されました。
待ってしましたという感じですね。
「無意識さんの力で無敵に生きる」は分厚い・・もとい難解そうだったのでここまでコンパクトになったことで私でも挫折しないかなと、
本屋で軽い気持ちで手に取りました。
これどうやら素晴らしい本のようです。ヤバい。
スクリプトがふんだんに織り込まれた本
単刀直入に言うと、大嶋氏の本読むと体にある変化が現れるんです・・。それは・・
メッチャ眠くなるんです。
本当です。
「それはお前が活字慣れしていないからだろ〜!」と突っ込まないでください。
なぜならこの本にはどうやら眠くさせる何らかの「仕掛け」があるように感じたからです。
本文を目で追いますが活字がいっこうに頭に入ってこない。
レビュー等を見ると私のように本を読み始めると眠くなる人がチラホラいて、ああそういうものなんだ〜!と驚いたわけです。
時々支離滅裂(失礼!)で軽快な大嶋氏の文には「メタファー(キーワードのようなもの)」とか、また、「スクリプト」という催眠エッセンスを含んだショートストーリー(物語)が出てきます。
前後と脈絡のない物語がポンと出てくるので、初めて読む人は「???」となること間違いないのですが、
読者はスクリプトの物語に乗ってまったりとしてきたところにメタファーとなるキーワードが無意識を開くスイッチの役目をしてくれて、読者は気づかないうちに無意識の力に委ねてラクに生きられるようになる・・そんな意味があるのかなと解釈しています。
どうしてそうなるのかその仕組みはあえて分析しようとせず、解らないままでいいとのこと。
理解しよう、という白黒はっきりさせたい感情はすべて「意識」によるもの。
無意識の力を借りるには放っておくのが一番なんだそう。
解りませ〜んとお手上げすればいいみたい。
あ〜わかる。このお手上げの時こそ無意識(宇宙)の本領発揮するところであるからです。
困ったら「私のちっぽけな頭では何も解りません。お手上げです。」とバンザイしてしまうのも得策でしょう。
意識は白黒つけたがる
「意識」は私たちが日々考え、ああしたいこうしたいと欲求や感情が沸いてくる源でもあります。
しかしこの意識は頭の中に住む裁判官のように私たちを枠にはめ、私たちはそのジャッジメントに囚われて抜け出せない時があります。
しかし、無意識は「より美しい物を!」というような無限の選択ができる。
第1章 「意識は有限、無意識は無限」より
意識が勝手に下す、正しいか正しくないかのジャッジメントをしていないか、
気づくだけでも違いますよね。
理解しよう分析しよう = 意識
解りませ〜ん = 無意識
これは正しい、正しくない、これは好きだ、嫌いだ、
意識は物事を何でも枠にはめたがる性質に対して無意識は美しさそのもので制限がない。
「私はアルファでありオメガである」と聖書にある一節を思い出させてくれます。
その制限をしている意識を取っ払うと美しい無意識の世界が現れてくるはず。
意識は思い込みが激しい
第5章 「無意識を極め、無敵になる」より
本文で大嶋氏は私たちの意識には暗示が入っていると。
例えばある人に何か嫌な思いをさせられた時、
若い女性の店員さんがメンドクサそうで苦手だった大嶋氏は「あのタイプの女性店員だと結構つっけんどんな態度を取ってくるから凹むんだよな〜」と
思い込んで店内に入ると「ほらやっぱり!」と女性店員さんにつっけんどんな態度を取られてしまうエピソードを例に挙げています。
「意識は楽しくない現実を作り出すこと」はどこでも発生していることに気づかされるわけです。
一度あったことは今後もそうだと思い込み、いつしかそれは虚像となり、確信となり、
「あの人はこんな人だ」「あの人はまた同じことをしてくるはずだ」と決めつけてかかります。
大嶋氏は本当にそうだろうかと疑うことの大事さを説き、その決めつけを粉砕してくれるパワーワードを紹介しています。
(これは本読んでからのお楽しみ)
この「○○かよ!」という言葉、超不思議。
なぜかガンコな思い込みが一掃され、目の前が開けたように行動する力が出てくるから不思議です。
知っておいて損はないかも。
無意識が織りなすパラドックスの美しさ
大嶋氏が「お師匠さん」と仰ぐ、ある催眠の先生によるカウンセリングの現場の話はどれも目頭がアツくなりました。
これぞ無意識の真髄なんじゃね?と、私たちが頭で考えたところでどうしようもならないほどこじれてしまった家族問題を
お師匠さんのユニークなカウンセリングによって解消していったエピソードが挙げられています。
娘の家庭内暴力に悩む夫婦の話は・・スゴイですね。
お師匠さんが両親にあることを勧めるんだけど、テコでも動かなかった娘に変化が現れて解決に向かっていくというハッピーエンドなお話なのですが、
この手法が逆転の発想でとてもユニーク。
「娘はこれこれこんな子だ」という決めつけって、どの親でも大なり小なり子どもに対して持っているんだけど
安易に子どもをこうだと決めつけてはいけないんだと身につまされる思いでした。
あの人はこんな酷いヤツに違いないと決めつけると、その決めつけの通りは酷い行動をしてあなたを困らせてくれます。
問題児扱いされている子どもを劇的に変えていった手法はもう目からウロコ。
私も「うちの子はこんな困ったヤツ」「こんな事が苦手」とか決めつけていて、まして変えられるわけないと思い込んでる節があるので、
ここはホントに反省したいところです。
子育てしている私からしても大変参考になるエピソードで是非取入れたい手法だと思いました。
無意識さんにおまかせライフを始めよう
本を開く度に色々発見があり、すでに2度目を読み終えようとしていますが、
何回も読みたいと思った本に久しぶりに出会いました。(一回読んだだけだとちょっとワケワカランという理由もあるけど。 笑)
力を抜いて無意識さんにお任せしてみる。
無意識さんにハンドルを任せてみる。
「ああしたい」「こうありたい」と私たちを振り回す顕在意識の力を弱め、自然に無意識の力に任せていけるように。
意識 < 無意識
無意識さんの力が優位になってくるともっとラクになる。うまくいく。
そんな「自動運転ライフ」へのカギを開けてくれる本だと確信しています。
最初の話に戻りますが、この手のひらサイズであることって案外重要なのかもしれません。
常に携帯して手元に置いて目を通すことで、本文のスクリプトに触れて無意識さんの
前回の分厚い「無意識さんの力で無敵に生きる」から一気に手のひらサイズにまでコンパクトにしたのがよく考えられているな〜と思いました。
常に手元に置いてさらっと読みつつ「アホセラピー♪」と踊っていればいい。
ではでは。
※本のレビューは個人の意見です。