テキトーエレガンス

テキトーでも人生うまくいく!

人生は記録だ。心に残ったドキュメンタリーとそれをメモる私の話。


こんにちは。Bliss@走るINFPです。

「世界五分前仮説」という思考実験がある。

あなたは生まれてから今までのニセの記憶を埋め込まれていて、世界すらたった5分前に始まったばかりかもしれない。

そんな、「世界は5分前に作られたばかりだとしたら?」と仮説を立てることで「記憶」の存在に疑問を唱え、世界が5分前に出来たことを否定することなんてできないぞ!というちょっと強引な思考実験のことだ。

何を言っているか分からないと思うが、あるドキュメンタリーを最近Youtubeで観て、「世界五分前仮説」がふと頭をよぎった。

そのドキュメンタリーとは、CBCテレビのドキュメンタリー『7秒の記憶に生きる』女性だ。

ちょっと長いが、まず動画を観てほしい。↓

youtu.be

7秒間の記憶と生きる女性

ドキュメンタリーで紹介されているのは、ほがらかに笑う姿がとても印象的な水田さんだ。

母親と二人で暮らす彼女は、寝るとき以外、片時もメモが欠かせない生活を送っている。

ただのメモが好きな人なわけではない。

突如襲われたウィルス性脳炎によって深刻な記憶障害を負ってしまった水田さんは、なんと『7秒』しか記憶することができない=覚えていられないため、メモをし続けなければ生活がまったく成り立たないためだ。

7秒がどれだけ短いか、数えなくても分かるだろう。とにかく目の前のことは放っておくとすぐ忘却の彼方へ行ってしまう!(そして帰ってこない…)

水田さんが失ったのは『短期記憶』。ワーキングメモリってやつだ。一時記憶を保存して整理する、脳の『海馬』という領域に損傷を受けてしまったため、ちょっとしたことを記憶することができない。

しかし、自分の名前や性別、母親の名前を覚えていたりと、過去にわたり長期的に記憶してきた、いわゆる『長期記憶』はいたって正常だ。なので自分のアイデンティティもあるし、車の運転も出来る。

海馬ではおそらく7秒だけしか記憶を保持できなのだろう。傍目には正常に見えても、7秒で忘れてしまうため、必然的に自分が今何をしているのか現在進行形でメモが欠かせない生活となった。

もしメモがなかったら、想像もつかない生活だ。

その想像もつかない生活を、水田さんは片っ端から記録しまくる、メモを取り続けることによって乗り越えてきた。

目の前の〇〇さんがこんなことを言った、こんな返しをした、何時何分パンを食べた、スーパーに止めた車はここにある、・・など目に見える一切合切を、記者の話を隣でウンウン聞きながら猛烈な早さでノートに記録していく。

記憶障害を負った当初は、自分を受け入れられなくて死にたいと思ったこともあると水田さんは言う。お母様も同じように、娘の将来を悲観して、いっそ二人で死んじゃおうかと思ったそうだ。

しかし水田さんは生きている。

人生は記憶でできている

記憶障害を発症してから数年間にたまった膨大なノートを整理しながら、言った一言の言葉の重みにハッとさせられる。

『人生って記憶じゃないですか。』

人生って何だろうと考えた時、私のアイデンティティから生活の全ても、ぜ〜んぶ記憶から出来ていることを、普段思い出すことなんてないのではないだろうか。

ちょっとスピリチュアルな話になってしまうが、厳密には、全ての現象は今このわずかな瞬間でしか存在しないという。科学的にも「時間は幻想であって存在しない」のは今や定説のようだ。

もしこの瞬間に自分がためてきた全ての記憶を失ってしまったとして、はたして「自分は今まで人生を歩んできた」と言えるのだろうか。そもそも記憶がぜんぶ吹っ飛んだので、学習したことも脳みそから消え去り、まっさらな赤ちゃんに戻ってしまうのではないか。

そうなったらおそらく自分の手をまじまじ見て、「これ何っ!?!?」(←言葉も失っちゃうけど便宜上。)な状態になってしまうだろう。

話を水田さんのケースに戻そう。

水田さんの家には過去に書き続けてきた膨大なメモ・ノートが部屋に保管されて眠っている。

それらの膨大なノートの山は、水田さんの『脳』の代わりとなってきた。紙で出来た脳とも言えるだろう。

ノートの目の前に座り、一冊一冊を手にとってパラパラとめくりながら、過去にご自分が残してきた記録メモに目を通していく。

過去に行った旅行の記録を読み返しても他人の日記を見ているようで、どこかドライな感情なのだという。

幸い、水田さんはとても明るい人で、周りからツッコまれてもコテコテの三重弁で「書かないと忘れちゃうんですわ〜」と屈託のない笑顔で返す。

困難を乗り越えようとする水田さんもすごい人だが、それだけの膨大な記憶を管理する脳の不思議さに、ちょっと畏怖の念すら覚えた。

残念ながら、現代の医学では失った海馬の機能を治すことはできない。そして脳と記憶の仕組みもまだよく解明されていないのが現状だ。

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んなわけで、ここからは私の話になる。

相変わらずオフザケ全開なので、上にある話題とは分けて読んでいただきたい。

私はもともと記憶力が良い方ではない。

家族からは『鳥頭』という大変名誉な異名をいただいたこともある。

さらに子供の頃は、特技に『うわの空』と書けそうなほど気が散ってしまうタイプだったので、もともとワーキングメモリがよろしくないのかもしれない。

40代になると何か言いたくても「アレ」「ソレ」が増えて困るのよね〜、と友人が言っていたが、私はかなり前からアレソレを多用している。

・・自虐はここまでにして、ボケないためにもちゃんとメモしておこうと思い立ち、ロフトでおしゃれなノートを買って色々なことを書いている。

自分はそうではないと思っているけど、私も『メモ魔』の一人かもしれない。

10年ぐらい前からノートとしてプライベートでEvernote、仕事ではマイクロソフトのOneNoteを使い、iPhoneのToDoリストなんて毎日コキ使いまくっているので、そのうちToDoリストがボイコットするんじゃないかと戦々恐々としている。

有料タスクアプリなども片っ端から使ってきたものの、無料アプリの方が簡単な操作で使いやすく、結果として無料サービスばかり手元に残った感じだ。(これは私がケチだからというわけではない。)

ノートに日記やタスク、目標など記録していくことを、最近ではカッコいい言葉で『ジャーナリング』というらしい。

海外の意識高い女子から輸入された『バレットジャーナル』なんて、ときめかない女子はいないはずだ。お気に入りの文房具とノートを買って、透け色のマステなんて買っちゃって…。

問題はその習慣が続くか。(ドキッとしたあなたはバレットジャーナルを三日坊主で終わらせた違いない。)

私は普段から思い立ったらすぐ近くにある紙に内容を記録するようにしている。そのおかげか、アイディアやタスクなどを漏らさず実行に移すことができ、「思いつきのアイディアをキャッチできた率」は9割といったところだ。(1割は忘れた)

そのほかにも、こうやって観て印象に残った映画、動画、本なども感想とともに書き記して、時々見返している。書くことで蒔いた「アイディアの種」がニョキニョキと芽を出しはじめ大きくなる。

そうするとまた発見や新たな着想を得たりと、結構前に書いてあったものが生かせちゃったりするのだ。

よく側からは『アタマ良さそうな人』に思われがちだが、それは多分気のせいで地頭は並だ。(本当はもうちょっと下だけど)

強いていうならこうやってノートにし続けていることで知見が養われて血肉となっているのではないかと思う。

次回、ジャーナリングについて使っている文房具なども紹介しながら話します。

ではでは。